「ドン引き」されないエスコート術

国民的人気俳優が

国際的な舞台で

「ドン引き」された理由とは?

 

 

日本ではカッコいいけど?

 

少し前のカンヌ国際映画祭でのことです。

カンヌ国際映画祭と言えば、世界で最も有名な映画祭のひとつ。フランス屈指の保養地でセレブが集まる土地柄ゆえに、映画祭も優雅でラグジュアリーなイメージです。その映画祭にある年に参加していた日本人俳優と監督が、レッドカーペットの階段で、共に参加していた女優を適切にエスコートしていなかったシーンに居合わせたマスコミが反応し、記事としてネットで配信される顛末がありました。

そのときのニュースにはこうあります。

◯◯(その俳優名)さんが「第〇〇回国際映画祭」の
レッドカーペットで見せた振る舞いが、
国内のインターネット上で「ドン引き」などと不興をかっている。

この記事はこう続きます。

問題視されたのは、

◯◯さんが女優の△△さんを「エスコート」せずに、
ポケットに手を突っ込みながら階段を先に登っていく姿だ。」

(J-CASTニュースより一部抜粋。文中◯◯と△△はニュースでは実名ですが伏せさせていただきました。)

この俳優は、「日本でも有数のかっこいい男性」として雑誌のランキングにも長らく君臨していた人。日本で知らない人はいない有名人で、ファッションなり振る舞いにも何か独自の美学を感じさせる人です。

日本ではカッコいいとされる、その人が本当にそんなにひどい振る舞いをしていたのでしょうか。記事の文言だけでは判断できませんから、私もその時の映像を見てみました。カンヌ映画祭のオフィシャルページがほとんどの参加チームのレッドカーペット映像を公開していますので、探すのは簡単でした。

映っていたのは、映像の中では晴れ着に身を包んだ若い女優さんとタキシードを身につけた俳優さん、監督さんの3人。一方的な見方は良くないのですが、振袖で少し歩きにくそうにしている女優さんを尻目に◯◯さんと監督さんの男性陣はスタスタと先に歩いているように見えました。

俳優の男性はカジュアルにポケットに手を入れて気負うことなくレッドカーペットがしかれた階段をさっそうと昇り、その後ろから女優が一人で少し頼りなげについていっている、そんな様子に見えました。見ると「ああ、なるほど。これは普通の人でも見て『ええ?』と驚いてしまうかもしれないな」と思わせるシーンでした。

上の報道では、ネット上に「日本人として恥ずかしい」「ダサい」「世界レベルのマナーも知らない」という意見が噴出したところから「ドン引き」報道が出たわけです。日本ではカッコいいのに、世界に出ると途端にダメだったとというところが「恥ずかしい」となったわけですね。

 

「モテる秘訣」でも何でもない

 

その俳優は、スター性と持ちながら気取らない雰囲気がカッコいい人です。その問題のシーンも所作だけを日本のテレビで見れば、普通にカッコいいはずです。しかし、そのカッコいい姿も、ひとたび海外のフォーマル感の強いレッドカーペットという環境で、歩きにくい装束の女性に先んじて一人で歩いている様子になってしまうと、どこか子供じみた乱暴なイメージに見えてしまうのです。多くの先進諸国においては、「エスコート」「レディファースト」は「社会人の常識」だからです。

場面によって、期待される振る舞いは違います。あのような場所では、普通の大人には当然のように「エスコート」「レディファースト」が期待されます。

日本では「エスコート」「レディファースト」は、よく「苦手科目」とされます。男性のほうに期待されるものが多いので、たまにプレッシャーがかかる場面になるとぎくしゃくしたり、「ムリだ」「イヤだ」と最初から拒否してしまったり、という人も見かけます。

女性のほうも慣れていないせいで、手を貸されたりすると「私なんかにもったいない」と頑強な遠慮を見せたり、照れて茶化したり、という態度になることがあります。それがまた、何とか努力しようとする相手方を萎えさせる、という悪循環も見られます。

それもこれも、「エスコート」「レディファースト」が特別視、それも妙な見方での特別視をされているせいです。

日本では、「エスコート」「レディファースト」は紳士の振る舞いとして知られています。ただ、「すごく上流の特別な階級にある人のマナー」だから「一般人には関係ないこと」という感覚で捉えられがちです。また、男女のデートマニュアルのようなものの中でよく「デートでは男性は彼女にこうしてあげると喜ばれます」といったノウハウとなっているので、ちょっとした「モテる秘訣」くらいのイメージを持つ人も見かけます。

確かに、本当の上流階級の、本当に洗練されたスマートなエスコートというとけっこう難易度は高め。知識と場数と度胸が必要だと思います、しかし、通常求められる「エスコート」「レディファースト」そういった種類のものではありません。

「ここにいて、あなたを手助けできるようにしていますよ」
「あなたに敬意を抱いていますよ」
「危険な目に遭わないよう守りますから安心してください」

相手に対して、そういう気持ちが伝わる態度や動作があればいいのです。

マナーと言えばマナーですが、別に特別な階級のためのものではなく、「常識ある社会人なら普通する程度」のことなのです。人に挨拶するくらいのレベルです。その意味では「モテる秘訣」ではありませんが、できないとなればモテないということは十分あり得ます。

挨拶もできない大人を私たちが見ると、「なんだ?あいつ」「なに?あの人」と思ってしまうように、当然すべき場面で「エスコート」「レディファースト」の片鱗も見せられないと、どうしても違和感を周囲に感じさせてしまうのです。好きか嫌いか、できるかできないかはともかくとして、それくらい「エスコート」「レディファースト」は特別感なく自然な振る舞いであるということは理解したいものです。

さて、ドン引きされないよう気を付けるポイントですが・・・

 

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どんなときも「ドン引き」されないためには

 

上でも言いましたが、「エスコート」「レディファースト」はそれほど特別感のない「大人の振る舞い」です。少なくとも、この記事を読んでいる一般のビジネスパーソンであれば、思いやりや気遣いを少し積極的に表現する程度の振る舞いで十分です。ですから、男性でも女性でも気負わず、自然に振る舞うことに意識を向けていただきたいと思います。

上記の俳優のシーンであれば、女優と歩くペースを合わせてあげたりして、万が一のときには手を貸せるような安心の距離にいれば、それほどバッシングは受けなかったでしょう。それなのに、そういった気づかいを見せず(本当は心の中で気づかっていたとしても、それがまったく周りにはわからず)、飄々と自分一人で先に行っているように見えたことがマイナスでした。周囲からすると「ええ?なんで?カンヌ映画祭に出てくるくらい、日本では一流の俳優さんでしょう?」という驚きになります。

カッコイイ俳優だけに、がっかりだ。ーたぶんそんな「惜しさ」もあってバッシング調の記事になってしまったのでしょう。、

あくまで映像で見た範囲内ですが、先を行く男性陣が、少しずつ段を登る女優さんを気遣う様子や振り返る様子はなく、それぞれのペース壇上に上がり、ただ手を振っていました。といっても、これは一方的な見方になるかもしれません。気遣う様子、振り返る様子もあったのに映像からカットされているだけかもしれません。実際、後からの報道では、着物を着て人形のように可愛いかった女優を単独で撮らせるために男性陣がわざと離れていたとか、女優は主演ではあったが、知名度やキャリアが男性俳優や監督と比較して劣るため、自ら控えめについていったのだ、という説もあります。

ただ、あくまで見る限りは、良い印象は抱けませんでした。それと比較し、他の参加チームでは
男性陣が女性陣を先に歩かせ、それを守るようにして後からついて行ったり、ドレスの裾を気にする女性に手を貸したりするところが多く見られたのは確かです。華やかなシーンやフォーマル的なシーンでは、そのような「大人っぽい振る舞い」のほうがどうしても引き立つし、ふさわしく思えるのです。

活躍している人、色々なものをちゃんと備えていそうな人、つまり「できる人」と期待されていたゆえに、自然に「必要な常識は備えているはず」という期待が生まれます。これは俳優など特別な存在に限ったことではありません。この話題はあなたに無縁ではないのです。

あなたがこれからキャリアを上げリーダー的なポジションについたら、あるいはもうリーダーズポジションにいるのなら、それだけ期待値は上がります。期待値が上がるのは本来の専門的能力だけではありません。むしろ「リーダーとして必要なものを身につけておいてほしい」「立派に振る舞ってほしい」という社会人としての存在に対する期待です。

そこで、「ふだんは立派なことを言っているけど、大人としてダメ」とか、「狭い世界ではいいけど、国際的な場で途端に通用しなくなる」という振る舞いを見せてしまうと、居合わせた人は「ドン引き」ということにもなりかねません。

ですから、「エスコート」「レディファースト」についても、挨拶程度のライトな感覚でとらえ、少しだけ積極的に気遣いや思いやりを表現することが大切だと知っておいていただきたいのです。

 

基本を知ってアップデート

国際的なマナーとして「プロトコル」と呼ばれるものがありますが、「エスコート」「レディファースト」はその中にしっかりと存在する「挨拶程度の常識」です。欧米的な感覚がベースにはなっているので、なぜ日本の我々が合さなければいけないか、という反発もあると思いますが、経営手法もビジネススキルも国際的な感覚として欧米から取り入れて活かしているものはたくさんあるのですから、「エスコート」「レディファースト」も「国際感覚」として自然に考えればいいはずです。

加えて、プロトコルの根底にある、相手を常に尊重する精神と、それをきちんと態度や振る舞いで表現するという考え方は世界共通で大切なものです。また、受けとめる側は「尊重されている」ことに素直に反応し、堂々と振る舞うことは人としての品格を磨くことです。そのような表現力や品格だけでも磨いておいて損はありません。

近年のジェンダー意識の高まりからも、ビジネスシーンでの「レディファースト」は必要ないとされ、それらしい所作はあまり見られなくなりました。ただ、ちょっとウィットのある会話や社交的な場面では、やはり「大人の常識」として生きています。

そんな状況を見ていれば、「エスコート」「レディファースト」はだんだんと古き伝統になる可能性も考えられます。しかし、何度も言いますが、これは挨拶程度のこと、こうしたほうが気持ちいいですよね、という伝統的な振る舞いなのです。基本を知っておくことが今は大事です。基本を知ることによってアップデートもできるのですから。

日本で多い「エスコート」「レディファースト」の苦手意識の理由には、男性と女性の役割に関する固定的な観念も隠れています。長く男尊女卑の価値観を引きずってきた日本では「女性のご機嫌をとるなんてみっともない」という考え方がありました。そこから、無関心を装ったりわざと粗雑な態度をとることで男らしさを表現しようとする傾向もあったようです。

女性にも男性と同じような意識の刷り込みがあり、「エスコート」「レディファースト」に関しては、「男性に気を使わせるのは悪い」「私はそんなに尊重されるべき存在ではない」とと自ら丁寧な扱いを避けてしまうこともあったです。また。理解ある女性として振る舞いたいあまり上のような「勘違いした男らしさ」を許容する風潮もありました。

現代のビジネスパーソンにそうした旧弊な考えがあるとは思いませんが、刷り込まれた意識はまだ無意識の中に存在する場合もあります。「エスコート」「レディファースト」にある思いやりの表現や、それを受けとめる側の自信を磨くことは、そういった固定観念の払拭にも役立つでしょう。

米国で、つまづきそうな大人の女性に5才くらいの子供がさっと手を貸そうとしたシーンを見たことがあります。頼りがいや人としての気品をその子供の中に見て、思わずカッコいいと思いました。こういったことがとっさにできる感覚はやはり真似したいものなのです。そして素直に応える気持ちも大事にしましょう。男女限らず、日頃から相手を気遣う態度や相手を優先するような動作が、その存在を引き立てます。

 

これだけでいい、「エスコート」

 

さて、カンヌ映画祭の映像の話に戻ります。ああいった場も社交的な場ですから、「エスコート」「レディファースト」はぴったりとはまります。そのような場合は、男性は女性を優先します。ですから、前に進むときは女優が先を行き、男性陣は女優を守るように、その後を進みます。

ただ、序列はあります。女優であっても主演・助演で位置や上がって行くタイミングが違いますので、その序列に従った男女の組み合わせができるのです。しかし、周囲の男性は、絶えず複数の女性を気遣います。主演だけ大切にすることはありません。女性側に合わせて、歩むスピードを緩めたり、方向を誘導したり手を差し出したりして、相手を尊重する態度は崩しません。

これで十分に「エスコート」なのです。日本ではもっと大げさなことをイメージされますが、実にさりげないものです。また、上で言ったように「デートマニュアル」的な扱われ方をするので、男性が必ず女性の手を取ったり、腰のあたりを支えるなどの動作を「エスコート」と勘違いする人がいます。

これは一歩間違うと「セクハラ」になってしまいます。自分のパートナー以外にやたら接触するのは大きな間違いですので注意してください。

「レディファースト」も、椅子を引いて上げる、コートを着せかけるなど「〇〇をしなければならない」というのではなく、顧客や年配の方にするように、エレベーターで優先する、面倒そうなことを代わりにしてあげる、ドアをおさえて先に通す、重そうだったら荷物を持ってあげる、など「相手を大切に扱う」ことが出来ればそれで事足ります。それだけでスマートに見えるので得でもあります。

互いの調和と思いやりは、それだけでその空間を上質にすることができます。レッドカーペットでは、女優は取材カメラのためにポーズを時々とったりして、堂々と美しく振る舞いつつ、エスコートしてくれる男性には信頼や感謝の表情を向けていました。女性はより華やかに美しく見えるし、
男性は信頼や感謝をその身に引き受けることでとても素敵に堂々と見えるのです。そんな美しい調和のある光景が多くのチームに見られました。

カンヌ映画祭などがあれだけ素敵な場所に見えるのは、華やかなスポットライトやドレスとともに、そんな光景が多く見られる場所だからでしょう。そんな光景や空気感を生み出せる人が一流と呼ばれるのです。

映画祭の様子の中にはこんな印象的なシーンもありました。背が高いゴージャスなロングドレスの女優ととても小柄な白髪のタキシード姿の男性の組み合わせがレッドカーペットを歩いています。男性はかなりなご年配で背もあまり高くなく、長身の女性とは身長差にして30cmくらいあるように見えましたが、男性はきちんと女性の手を取りエスコート。女性も男性に手を取られながら優雅に階段を登って行きました。お互いに楽しそうに、そしてお互いにお互いを尊重する様子で階段のトップに昇ったとき、二人は報道陣の方に振り返り、堂々と手を報道陣に手を振りました。

そのとき一瞬よろけた男性を、女性がとっさに支えるようにしながらも、やはりまたしっかり男性に手をとらせて、そして二人楽しそうに笑って、奥へ消えて行きました。

ただそれだけですが、変に縛られない、それでいてお互いの役割を尊重し合うような心を感じたシーンです。

何度も言いますが、現状では「エスコート」「レディファースト」は国際的に「大人の常識」であり、また変に構えるような特別なマナーでもありません。男性、女性、ともに変な照れや偏見、勘違いをなくして、自然に相手への思いやりや敬意を表せるようにできるのがベストだと思うのです。

 

 

丸山 ゆ利絵

プレゼンスコンサルタント®/アテインメンツ合同会社 代表

 

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